
さまざまな分野で活躍する人々への「READY」な状態を紐解くインタビューを通じて、日々の活動のマインドシフトをサポートするメディア“PEOPLE” by NEUTRALWORKS.。今回は、19歳で日本初のプロパルクールアスリートとなり、世界チャンピオンにも輝いたZENさんにインタビュー。パルクールは、走る・跳ぶ・登るといった動作を通じて、あらゆる環境を自由に移動する身体スポーツ。現在は競技の枠を超え、パルクールの普及活動や、写真をはじめとする様々な表現活動にも力を注ぐZENさん。世界を旅し、変化する環境の中で培われた哲学と、自分らしさを保つためのココロとカラダの整え方について、お話を伺いました。
Chapter
01
直感で飛び込んだパルクールが、人生を変えた
まずはじめに、パルクールを始めたきっかけを教えてください。
15歳の頃、友人に見せてもらった一本のYouTube動画がきっかけでした。それが海外のパルクール映像で、それまで夢中になれるものがなかった自分の心に、強烈に火がついたんです。「挑戦してみたい」という気持ちが、一気に湧き上がってきました。
アクロバティックな動きのかっこよさにも惹かれましたが、それ以上に印象深かったのは、特別な器具や場所がいらず、自分の体一つで、しかも日常の風景の中でできるということ。それが当時の僕には衝撃的で、「やらない理由が見つからない」という感覚でした。
初めてパルクールに挑戦した時のことは覚えていますか?
映像で見た動きを、近所の公園で試してみたんです。できると思っていたことが全然できなかったり、逆に無理だと思っていたことが意外とできたりして、自分の体の感覚とのズレに驚きました。そんな気づきが毎回あるのが面白くて、「今日も新しい発見があるかも」と思いながら過ごす毎日は、とても新鮮で楽しかったですね。
高校1年生で単身渡米されたと伺いましたが、その背景にはどんな思いがあったのでしょうか?
正直、当時の自分は何も知りませんでした。英語も話せなかったし、海外に行くことの意味もあまり理解していなかった。だからこそ、親戚を訪ねるくらいの感覚で、勢いのまま飛び込めたんだと思います。
実際に行ってみると、本当に大変でした。笑 でも、もし下調べをして冷静に考えていたら、「自分には無理かも」と諦めていたかもしれません。知らなかったからこそ踏み出せた。今振り返ると、その一歩が自分にとってすごく大きかったと思います。

02
“鍛える”とは、自分を知り、心身を整えること

アメリカでの経験は、パルクールへの向き合い方にどのような影響を与えましたか?
日本にいた頃は、とにかく動きを真似て、「多少痛くても、危なくても出来たら成功、できなければ失敗」という感覚で練習していました。そこに哲学的な考え方はなく、ただ純粋に技ができるかどうかがすべてでした。でも、アメリカでパルクールのトップ選手たちと出会い、「その考え方は間違っている」と指摘されたんです。やりたい技を無理にやって体を傷つけるような行為は、パルクールの本質から外れていると。
そもそもパルクールは、軍隊のトレーニングとして生まれた背景があって、身体を鍛えるためのプロセスが大切にされてきた文化があるんです。できるかどうかではなく、「どうすれば安全にその技ができるようになるか」。そういう段階を踏んだ積み重ねの中にこそ、本質があると気づきました。
そうした考えの変化を経て、“鍛える”ことに対する捉え方も変わったのでしょうか?
そうですね。僕にとって“鍛える”とは、自分を正しく知り、ココロとカラダの両方を整えること。パルクールでは、フィジカルとメンタルの両方を鍛えることが求められます。たとえ体が動いても、心が止まっていたら意味がない。そのバランスを取るのは難しいけれど、だからこそ面白いんです。自分を知ること、自分の状態を正しく捉えることが、すべてのベースになっていると思います。
日々のトレーニングでは、どんなことを意識していますか?
一番大切にしているのは、自分の感覚と現実のズレをなくすことです。「これはできる」と思っていたのにできなかったり、逆に「無理だ」と思っていたことができたり。そうしたズレがあるうちは、まだ自分を理解しきれていない証拠なんです。ジャンプひとつにしても、「この距離は飛んだことがあるか」「この高さは降りたことがあるか」と一つひとつ検証し、自分の体と環境がどう反応をするかを細かく確かめていきます。段階を踏むことで、怖さの正体を知っていく。僕は、その過程で得られる感覚や気づきを大切にしています。
その過程自体に楽しさや成長を感じているんですね。ワクワクする瞬間というのは、どんなときに訪れますか?
それはまさに、新しいことを知った瞬間です。自分が信じていた感覚や、正解だと思っていた考えが塗り替えられた瞬間。もちろん悔しい気持ちもあるけれど、それ以上に「より強くなれた」と実感できるのが何より嬉しいですね。すべてをやり直さなければならないような感覚すら、僕にとっては成長の証なんです。

03
不安定さの中にこそ、本来の自分が見つかる
高難度の動きにも挑戦し続ける中で、恐怖心とはどう向き合っていますか?
恐怖心って、知らないことへの不安から生まれるものだと思うんです。だからこそ、「なぜ怖いのか」を自分に問いかけることが大事。「もし滑ったらどうしよう」と不安になる前に、「滑ったらこう動けば大丈夫」と準備しておけば、恐怖心はぐっと軽くなります。
一方で、自分の弱さを知っているからこそ感じる恐怖もあります。できると分かっていても、無意識のクセで動きが乱れることもある。だから僕は、「このリスクなら対応できる」というラインを見極めて挑戦するようにしています。やるか・やらないか、すべては自分次第。その一つひとつの判断と準備の積み重ねが、自分を信じる力につながっていると感じます。
日々変化する中で、自分らしいパフォーマンスを保つために意識していることはありますか?
毎日同じように動けるわけではないからこそ、その日の自分の状態にしっかり向き合うようにしています。調子が良くない日は、動きを変えたり難易度を落としたりして、その日なりのベストを探っていく。僕にとっての本当の強さとは、常に安定していることではなく、自分の中のゆらぎに気づきながらも、自分のニュートラルに戻れる力です。パルクールで言えば、細いレールの上でバランスを取るように、少しゆれながらでも倒れずに進み続けられる感覚ですね。
ZENさんにとっての“ニュートラル”とは、どのような状態ですか?
完璧に整った状態ではなく、むしろ少しペースが乱れている状態です。旅先など未知の環境に身を置くと、普段のリズムや感覚が通用しない場面が多くて、自分の中のズレに気づきやすくなるんです。そのズレを見つけて、「どうすれば自分らしく動けるか」を探る。このプロセス自体が、僕にとってのコンディショニングです。
この基準も、ライフステージによって変わっていきます。大会に出ていた頃と、表現活動に取り組む今とでは、求めるバランスや整え方もまったく違う。でも大切なのは、他人の評価ではなく、自分の感覚を信じて、自分にとって自然な状態を見つけ出すこと。それが、どんな環境でも自分らしくいるための軸になっています。
そのニュートラルを保つために、リカバリーや休息の時間をどのように取り入れていますか?
僕にとってのリカバリーは、調子をゼロに戻すことではなく、今の自分にとって必要なペースを見つけることです。少し乱れている状態も前提にして、無理なく続けられるバランスを探る。その積み重ねが、長く挑戦を続けるための土台になっています。
そしてもう一つ大切なのが、何もしない時間を意識的に持つこと。日々の経験をただ積み重ねるのではなく、振り返って整理することで、心に余裕が生まれ、結果的に体も整っていきます。あとはやっぱり、信頼できる友人や家族との時間も、肩の力が抜けて、自然体の自分を取り戻せる大切なリカバリーのひとつですね。

04
パフォーマンスの先にある景色や問いを届けたい

現在はパルクールの普及活動や表現活動にも力を入れられていますが、その原点にはどんな経験があったのでしょうか?
最初は、ただ純粋に技術を学びたいという思いでアメリカに渡りました。でも、Tempest Freerunning*のメンバーと出会ったことで、その考え方が大きく変わったんです。彼らは高い技術を持ちながらも、使わせてもらう環境へのリスペクトや社会との関わり方をとても大切にしていて、「パルクールプレイヤーが社会とどう向き合うのか」という姿勢に強く感化されました。その姿を見て、自分も伝える側としてパルクールに向き合いたいと思うようになったんです。
当時の日本では、パルクールはまだ危険な遊びとして誤解されることも多くて。だからこそ、自分が表舞台に立って語ることで、本質的な考え方や魅力をきちんと伝えたいという気持ちが芽生えました。
*ロサンゼルスを拠点とする、パルクール・フリーランニングのトレーニング施設
そうした「伝える」という姿勢が、アート活動にもつながっているのでしょうか?
まさにそうです。パルクールを作品化しようと思ったわけではなくて、自分の体験や感覚を何らかの形で残したいと思った時、一番自然に使える道具が体でした。
映像だと「すごい」「かっこいい」といった印象が先行しがちですが、僕が伝えたいのは「なぜその動きを選んだのか」という背景にある問いや、その時見ていた景色、感情なんです。だからこそ、その瞬間を切り取り、背景ごと伝えられる写真という表現が、今の自分には一番しっくりきています。
これまで世界中の都市を巡る中で、地面すれすれから街を見上げたり、高い場所から見下ろしたりと、自分の体を通じて都市と向き合ってきました。そうした身体的なアプローチを通して、その街が持つ空気や質感、文化、そして時代背景が見えてくるんです。旅の中で生まれた問いや感覚を作品に落とし込むことが、自分と世界との関係を見つめ直す手段になっています。
今後の活動を通じて実現したいことはありますか?
パルクールは、できる限り一生続けたいと思っています。体の状態や置かれる環境は変わっていきますが、変化に応じて課題を見つけ、追求していくこと自体が目標です。
その中で経験した様々な疑問や気づきを、パフォーマンスや映像、作品発表を通してもっと多くの人にシェアしていきたいですね。一度きりの人生だからこそ、会いたい人に会って、やりたいことに挑戦する。そうした行動の積み重ねが、自分なりの視点や表現となって、多くの人と共有できるものになっていく気がしています。
05
ZENさんにとっての「READY」な状態とは
慣れた環境ではなく、むしろ不確かな場所や未知の環境に身を置いている時。

06
「READY」を作るための具体的なアクション

01. 人とコミュニケーションをとること
家族や友人との時間をとても大切にしています。好きな人たちと会話したり、一緒に過ごす時間を意識的にとるようにしていますね。その時間が、僕にとって一番リラックスできる時間。だからこそ、日常の中で欠かせない大切な時間です。

02. 朝、コーヒーを飲む時間
朝は、僕にとってとても大切な時間。日中に消費したエネルギーや出来事を、翌朝コーヒーを飲みながら振り返ることが多いです。コーヒーを飲む時間は、自分と向き合う大切なひとときでもあります。

03. パルクールの動画を見る時間
休憩中や移動中などの隙間時間には、自分の練習動画を見たり、次に挑戦したい動きをチェックするようにしています。実際に体を動かしている時間だけでなく、イメージを膨らませる時間もすごく大事。日常とパルクールは常につながっている感覚です。意識がそれるとパルクールからも離れてしまう気がするので、小さな時間でも意識を引き戻すようにしています。

04. 本を読む時間
実は、昔は本を読むのが苦手でした。読むことで自分の考え方が影響されるのが嫌で、「これは自分の考えなのか、本の考えなのか分からなくなる」と感じていたんです。でも、様々な経験をして自分のアイデンティティを確立してからは、過去の偉人たちがどんなことを考え、どんな意味を込めて行動していたのかを知るのが面白くなってきました。今では、考え方が違う人の体験でも影響されずに自分の考えとして捉えられるようになり、本を楽しめるようになりましたね。

“PEOPLE” by NEUTRALWORKS. MOVIE について
今回のZENさんの取材を収めた“PEOPLE” by NEUTRALWORKS. MOVIEを公開しています。
Web上では表現しきれない空気や時間をお届けできればと思っています。
YouTube #1 パルクールを通して出会う街と文化、知らなかった自分 6/27 18:00公開
YouTube #2 Travel Essentials 旅に欠かせないアイテム6選 7/4公開予定
編集後記
都内某所で行ったZENさんへのインタビュー。どんな場所にもすぐに順応し、その場ならではの動きを生み出していく姿に、取材チーム一同、驚きと感動を覚えました。パルクールを通して見てきた世界の景色、体で掴んできた思想、そして自分自身と向き合い続けてきた時間があるからこそ、ZENさんが語る言葉や生み出す作品には、人を惹きつける力があるのだと強く感じました。あえて未知の環境に身を置き、自分のニュートラルな状態を理解し、受け入れ、整えていく。その積み重ねが、挑戦し続けられるココロとカラダをつくっていく。ZENさんの生き方や言葉には、私たちの日常にも通じるヒントが詰まっています。本記事を通じて、少しでも新たな気づきや前に進むきっかけを感じていただけたら嬉しいです。
Publication date: 2025.6.27
Photographer: Tetsuo Kashiwada
Interviewer & Writer: Yukari Fujii